冠着山(かむりきやま、姨捨山)でかつて行われていた修験の世界を体験したいと地域内外の有志が毎年秋、山に分け入っています。今年は11月2日に体験イベントがありました。以下は、冠着山の自然と文化遺産を保存する会事務局長の上水清さんの報告です。
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ウーオー、ウーオー、冠着山に再びホラ貝が鳴り渡った。
山の神々に畏敬の念を表し入山を告げる獅子の声は、生きとして生けるものへの仏の説法だとも言われている。
六根清浄、懺悔懺悔の掛け念仏は、修験同行者の心を清め生きる勇気を与えてくれる。
さまざまな願い事を秘めた一途な集団の行列が、晩秋の紅葉に染まった山々に溶け込み、黙々と登拝をつづける。冠着十三仏、浄土岩など極楽浄土に通じる途中での霊場での法楽は、同行者の心を静め癒してくれる。児抱岩(ぼこだきいわ)は、母のふところのような温もりを感じさせてくれる御神体。ここでの法楽の読経も、強く優しくたたずむ人の心を支えてくれた。
修験者9名、一般参加者25名の行列は、児抱岩の険しい鎖場を無事に登り切って頂上にたどり着いた。月読命、石尊大権現、地元の祖霊神と六社が合祀されているこの日(11月2日)の頂上は、紅葉の真っただ中空も青く澄み渡りふだんとは違って正に霊場を思わせる雰囲気に包まれていた。
冠着山(姨捨山)に照る月は、慰めかねつの月として古代から特別の月として慕われ、姨捨山は「さらしな」とともに歌枕となった。千曲市内13校の小中学校のうち9校の校歌で歌われているランドマークのような山。この山のもう一つの素顔が霊峰であり修験道場としての山。夏の夜には姫ボタルが舞い、天空の星と下界の灯が重なり合ってこの世の夜の楽園を想わせる。
このような私たちが親しみ誇れる山の頂で、参加者の幸せと地元の人たちの安寧と台風被害の復興を祈願する護摩法要が行われ、今年の体験イベントは終了した。一般参加者のほとんどが初めての参加者であって、「今まで体験したことのない別世界のような貴重な体験であった」との感想をもらす人も多かった。