これまでの活動

2023年(令和5)

月の都ガイド「The MOON CITY」を活用、魅力を子どもたちに届けました

 千曲市誕生20年記念協働事業(以下1~3)を中心に以下の事業を行いました。

 1,「月の都」冊子発行記念集会&熊木杏里コンサート
 「子どもに届く」を編集方針に制作した「月の都」の魅力深掘り冊子「The MOON CITY(ザ・ムーンシティ―)」の内容を紹介する発行記念集会を4月16日に開催。合わせて、千曲市出身のシンガーソングライター熊木杏里さんのコンサートを行い、子どもや若年層を中心に約400人が来場しました。会場は信州の幸あんずホール大ホール。熊木さんには「月の都」をモチーフにした新曲も披露してもらいました。

 2,「The MOON CITY」の全戸配布
 市内の全戸(2万1000部)に5月、市報などと一緒に配布しました。

 3,小中学生対象の「月の都」写真コンテスト
 子どもたちに「月の都」の美しさや面白さを、写真と言葉で表現してもらう「第3回おもしろさらしな写真コンテスト」の作品募集を行い、11月3日戸倉創造館で、表彰式と千曲市出身の現代アーティスト越ちひろさんの講演会を行いました。コンテストは、「冠着山(姨捨山)と月部門」「小学生部門」「中学生部門」の3部門でそれぞれ最優秀、優秀、佳作の作品を表彰。副賞として姨捨の棚田米を贈呈した。応募作品はこれまでで最多の約250。講演会の来場者は約100人、入賞作品は、当会のホームページに掲載。日本遺産「月の都」のホームページとリンクさせ、市内外の多数の人に見てもらいました。  
 越ちひろさんの講演タイトルは「夢を描くこと、夢を叶えること –自分らしい絵を描くヒント」。越さんには、幼少期から今に至るまでを振り返りながら、千曲市の美しさや自分らしい絵の描き方のこつなどを話してもらいました。コンテスト優秀作品は額装し、全応募作品を戸倉創造館で11月3日から23日まで展示しました。優秀作品はポスターにデザインして、市内学校や主な公共施設に張ってもらいました。写真コンテストは今回で終了。

 4,出前授業
 以下の学校で行いました。
 屋代高校附属中1学年(6月7日)、埴生小(9月12日)、更級小(24年1月16~23日)
 *屋代高校附属中1学年については9月14日の現地学習にも協力しました。





2022年(令和4)

子どもに届く月の都ガイド「The MOON CITY」の制作

 さらしなルネサンスは2022年度、日本遺産「月の都」の魅力が子どもたちにも届くことを目的としたガイド冊子「The MOON CITY」の制作を中心に活動しました。

 1、「月の都」の魅力磨き上げ冊子の編集制作(千曲市日本遺産推進協議会からの委託、文化庁補助事業)                                                                                          
 日本遺産として認定されたストーリーの調査研究を行い、「月の都」の魅力が子どもたちに伝わることを編集制作の柱にした。タイトルは「The MOON CITY(ザ・ムーンシティー)」。外国人観光客の目も引けるうえ、これまでにない月の都の価値を伝えるには格好のタイトルと考えた。内容は、令和3年度から継続している小中学校への出前授業として開発した4テーマ(月の都の理由、姨捨の棚田の成り立ち、田毎の月の魅力、俳句)のプログラムを手に取って、読んで、見てそれぞれ楽しい構成。子どもが面白いものは高齢者も楽しいので、全世代に浸透していくと考える。A4版、32ページ、コート紙無線綴じ。計5000部印刷し、3000部は日本遺産センター、2000部を本会が預かり、令和5年度に活用

 2,小中学校への出前授業 
 令和3年度に始めた小柊学校への出前授業の内容を、さらにバージョンアップ。児玉淳子理事と塚原弘昭副会長が、それぞれ「俳句」と「姨捨の棚田の成り立ち」をテーマに、更級小、坂城小、五加小の計3校で実施した。また、屋代高校付属中1学年からは、千曲市全体の地域学習の講師となる人材の提供を求められ、姨捨の棚田だけでなく戸倉上山田温泉を含む約5テーマについて学校への出前授業と、現地に足を運んでの学習に全面協力した。附属中の生徒は大半が千曲市外から通う子。千曲市の魅力が伝わったと考える。

 3,第2回写真コンテスト「おもしろさらしな―ひと言添えて」と表彰式(関連コンサートを含む)の開催 
  小学生、中学生、高校生の3部門に分け募集を行った。ルネサンス理事が審査。基準は、大人ではなかなか気づけないさらしなの魅力が写っているかなどユニークさを重視する。贈賞理由を公表。副賞として棚田米を贈呈した
 日程:11月26日(土)午後2時半~4時
 会場:あんずホール小ホール
 コンサート演者:高久史子氏(ピアノ)&高山賢人氏(二胡)
・受賞作は額装し、あんずホールなど千曲市内の公共施設に巡回展示した。
・受賞作品はB2判ポスターにレイアウトし、千曲市を中心にした学校教育・公共施設などに掲載した。

 4,棚田など「月の都」の文化遺産の体験学習
 ・地学団体研究会が8月22日に行う予定で、本会も運営協力することにしていた「姨捨の棚田の巡検事業」は、コロナ感染予防のため中止
 ・9月10日の観月祭では、本会の大谷善邦会長と塚原弘昭副会長が、それぞれ「芭蕉の俤句の読み解き」「姨捨の棚田の秘密」をテーマに講座を開催





2021年(令和3)

「月の都」日本遺産認定を受けた出前授業と写真コンテスト

 さらしなルネサンスは2021年度、「月の都」日本遺産認定(令和2年)を記念した事業を展開しました。当会は2016年の発足時から、「月の都千年文化再発見の里づくり」をスローガンにしており、活動を深化させるために日本遺産認定をチャンスととらえました。主な事業は次の二つ。いずれも長野県の地域発元気づくり支援金を活用しました。

1 月の都に関する小中学校への出前授業とDVD制作
 月の都の魅力の核心となる3テーマについて授業プログラムを開発。千曲市内の3つの小中学校などに各テーマに詳しい理事を派遣して授業を行った。
  3テーマ:1,「なぜ千曲市は月の都なのか」(会長・大谷善邦)
       2,「姨捨に棚田ができた訳」(副会長・塚原弘昭)
       3,「田毎の月って何?」(理事・児玉淳子)
  実施校:屋代中学校、八幡小学校、更級小学校
 ★撮影ができた授業は編集してDVDを制作。2022年度以降の出前授業の展開を目指し、市内の全小中学校に配布

2 おもしろさらしな写真コンテストと表彰式&月のミニ講演&月のコンサート

 「月の都」の出前授業で学んだことや棚田での農作業体験、日本遺産を構成する文化財や自然の見学を通して感じたさらしなの良さを,子ども目線で写真にして表現してもらった。作品は小学生、中学生、高校生の3部門で募集、審査、表彰した。応募作品は全部で約180点。当会理事全員で審査し、入賞作21点を選んだ。実施内容は次の通り。
  <表彰式>11月21日(日)午後2時~4時
  <場所> 千曲市総合観光会館 参加者約100人
    小中高3部門それぞれで以下の賞を設定し、表彰状と副賞(棚田米)を手渡した。
     月のみやこ賞(最優秀賞) 1点 (副賞 棚田米5kg)
     棚田賞(優秀賞)     3点 (副賞 棚田米3kg)
     日本遺産賞(佳作)    5点 (副賞 棚田米1kg)
     参加賞(応募者全員)   入賞作品を印刷したクリアファイル
  <月のミニ講演>
     講師:会長・大谷善邦 テーマ:さらしなの月を全国に知らせた古今和歌集に載る歌
  <月のコンサート>
     出演:コピーヌクラブ 演目:「月光」といった月にまつわる名曲など約10曲
  <その他>
 入賞21作品はすべて額装し、応募作品をすべて会場のパネルに張り出した。入賞作をデザインしたポスター(B2サイズ)も張り出した。表彰式後、応募全作品を屋代駅中ギャラリーと戸倉創造館に巡回展示した。

さらしな学講座をYouTubeチャンネルに

 2019年度のさらしなルネサンスは、2018年度に引き続き、さらしなの魅力の核心をいろいろな角度から紹介する「さらしな学わくわく講座」を計5回開催しました。
 今から1100年近く前の平安時代前期、天皇の意向で初めて編まれた「古今和歌集」に載る「わが心慰めかねつさらしな姨捨山にてる月をみて」が、さらしなを全国区にするきっかけでした。第1回の講座(5月25日)では、長野県立歴史館元学芸部長の青木隆幸先生が、当時のさらしなの里の人たちの心に分け入り、その精神世界に迫りました。青木先生のお話を踏まえ、さらに棚田ウオーキング、冠着山(姨捨山)登山、手打ちさらしなそばといった体験的な切り口を通じて、「さらしな」の魅力を深掘りしました。
 4回の講座は当会のYouTubeチャンネルで見ることができます。





2020年(令和2)

さらしな学講座5回開催、動画「さらちゃん」を制作

 さらしなルネサンスは2018年度、大きく二つの事業を行いました。一つは、2016年度に制作したガイド冊子「美しさらしな」の内容を発展的に紹介する計5回の「さらしな学わくわく講座」です。

① さらしなの里を照らす冠着ヒメボタルの紹介 7月28日、姨捨観光会館
  講師:信州大特任教授 藤山静雄先生
② 松尾芭蕉来更330年記念講演「風とかなしみ」10月13日、姨捨観光会館
  講師:東京大学名誉教授 竹内整一先生
③ さらしなのそば、あれこれ 10月20日、白鳥園(さらしなの里そば祭りの一企画)
  講師:さらしなルネサンス会長 大谷善邦
④ さらしなが白い蕎麦の名前になった理由 12月15日、姨捨観光会館
  講師:さらしなルネサンス会長 大谷善邦
⑤ 捨の棚田が描かれた大型鳥瞰図の紹介 2019年2月23日、姨捨観光会館
  講師:長野県立歴史館学芸員 林誠先生

 もう一つは2017年度に作った絵本「さらちゃん」の動画版(DVD、約8分)の制作です。さらしなの里の代表的な景観を訪ねるさらちゃんとおとうさんの2人の会話を、文字ではなくナレーションにしています。2人のイラストも風景の現場に実際に訪ねているように現れ、臨場感たっぷり。古峠から眺めるさらしなの里の夜景は光がほんとにキラキラ輝いています。音楽も入り、絵本とはまた異なる物語のおもしろさ、里の美しさが楽しめます。動画版は映画のDVDのように、背表紙もあるケース入りのDVD絵本を300枚制作。千曲市内の全保育園、教育関係の施設などに贈呈しました。
 動画版は当会のHPをはじめユーチューブなど6月までにアップ。だれでもどこからでも絵本の世界に触れることができます。





2019年(令和元年)

美しさらしなの絵本「さらちゃん」を制作

 さらしなルネサンスは2017年度のメイン事業として、絵本「さらちゃん」を制作しました。2016年度に作ったガイド冊子「美しさらしな」が中学生以上向けの内容だったので、幼児の段階でさらしなの里がある千曲市に生まれたことに、喜びを持ってもらえるような絵本を作ることにしました。制作メンバーには保育士5人にも参加してもらい、幼児が自分で手に取りたくなる絵本にすることにこだわりました。さらしなの里の美しい四季折々の景観の場所を、「さらちゃん」という女の子がお父さんと一緒に訪ねます。春から1年を経て、成長していくさらちゃんの姿がイラストでかわいく楽しく描かれています。2018年4月28日には、発刊記念の集いを、千曲市総合観光会館で開きました。2部構成で、第1部は絵本の見開きページをスクリーンに映し出し、絵本の読み聞かせをしている方に、物語を読み上げてもらいました。第2部は、絵本コーディネーター、「さらちゃん」編集制作メンバーの保育士、元小学校の校長先生、当会メンバーの4人が絵本について意見を述べ合うシンポジウムを開きました。
 画像をクリックすると、絵本のダウンロードページに移動します。





2018年

「手打ちさらしなそば名人」の講演会を開催・

 「さらしな」と聞いて最も多くの人が想像するのが、「さらしなそば」だという調査結果があります。さらしなルネサンスでは、白いさらしなそばの魅力を、味やのど越しだけでなく、目でも楽しむことを提案している栃木県足利市の根本忠明さんを2017年10月、千曲市にお招きして、講演をしてもらいました。さらしな粉に桜の花びらなど季節のものを一緒に打ち込み、いわゆる風味とは違う、粋な味わい方や楽しみ方が、さらしなそばではできるという興味深いお話がありました。





2017年

さらしなの里ガイド冊子「美しさらしな」を制作

 さらしなの里の魅力の核心を文章と写真で紹介するガイド冊子「美しさらしな」を2016年3月、発行しました。千曲市との協働事業として1年をかけ制作してきたもので、A4版、32㌻、フルカラー。トップページのアイコンをクリックすると、全ページがダウンロードできます。
  タイトルを「美しさらしな」としたのは、日本人の伝統的な美意識が「さらしな」の地名に込められていることに加え、その美意識を裏切らない美しい景観が今もさらしなの里には広がっているからです。「美しさらしな」は、さらしなの里の魅力を世の中に送り出したい人たちの合い言葉(キャッチフレーズ)です。
  本ガイド冊子について、日本人の精神史を探究する東大名誉教授で当会顧問の竹内整一先生は「あらためて、ゆっくり、じっくりと『美しさらしな』を楽しみました。月・山・川・田などの自然と歌・物語・湯・蕎などの文化の見事な融合。まさに1000年の歌枕伝統にふさわしいプレゼン」と感想を寄せました。





2016年

「さらしなそば」の講演会を開催

 2016年11月月5日に信州千曲市で行われた「さらしなの里のそば祭り」で、さらしなルネサンスは、江戸ソバリエ協会理事長でそば研究家のほしひかる先生による講演会を開催しました。さらしなそばの由来についてのお話もありました。当会で調査収集した資料も加えて以下に紹介します。
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 「さらしなそば」という名前を使って最初にそばを売り出したのは、江戸時代の1789年、江戸の麻布に創業した「信州更科蕎麦処布屋太兵衛」という店。そばの名前は信州更科なのに、どうして江戸で誕生したのかというと、店の創業者の先祖が信州の保科村出身だったことが関係しています。
 創業者は清右衛門という人ですが、先祖は清右衛門さんより100年前、保科村をかつて治めていた大名の江戸屋敷が麻布にあることを頼って、麻布にやってきました。先祖はそばではなく、信州布を行商する仕事をしていたそうですが、100年たって清右衛門さんの時代になると、清右衛門さんのそば打ちの腕前が良く、白いそばをつくることができたので、「更科蕎麦」の店を開きました。
 ほし先生によると、そばを外食として人々が食べるようになったのは1600年代後半の江戸。参勤交代で単身で上京する人が増えて外食産業が盛んになり、その一つがそばでした。全国各地のそばが土地の名前をつけ商品として提供されるようになっていたので、清右衛門さんも信州更級郡の地名をそばに使ったと考えられます。先祖の出身地・保科村は、長野県上高井郡にあった村で現在の長野市若穂保科辺りなので更級郡ではありません。しかし、更級郡が近隣で同じ信州であることから、自分が開発した白いそばは、白を強くイメージさせるさらしなの地名を商品名にしたと考えられます。清右衛門さんの直系の店は現在も麻布にあります。「総本家更科堀井」です。

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 さらしなの里そば祭りは日中と夜の部に分かれ、夜は手打ちさらしなそば名人による実作と会食がありました。詳しくは当サイトのブログ「そば祭り開催、手打ちさらしな実演も」をご覧ください。





2015年

特別企画「花の吉野・月のさらしな」を開催

奈良県の吉野山は美しい桜で有名ですが、吉野は日本という国家の礎を築いた古代の天皇たちの心のよりどころであり、今も日本独自の修験道が息づく地として、世界文化遺産に登録されています。「さらしな」は、その吉野とならぶ日本の美の象徴です。

江戸時代、軽井沢の追分にある、花の吉野と月のさらしなを並び称した「分去れ碑」が、その証拠です。なぜ、吉野とさらしなが並び称されたのか。2015年6月27日、その理由を、吉野山を代表するお寺の金峯山寺前宗務総長で現役の修験者の田中利典さんをお招きして、探りました。

田中さんにはさらしなの里のシンボルである冠着山(姨捨山)にも登ってもらいました。冠着山はかつて修験者の修行場だったからです。古代から中世、ここに吉野山の修験者もやってきて、その見聞を踏まえて世阿弥の謡曲「姨捨」ができた可能性があります。集会では、田中さんが冠着山を体験して、どうお感じになったかもお聞きしました。

田中さんのお話の内容について、さらしなルネサンス側が質問しながら対談し、さらしなの里の魅力を浮かび上がらせました。

(当日の詳しい報告については、更級への旅新聞245号246号をクリックしてください)

◆プログラム

1部:田中利典さんと冠着山登山(午前)

2部:田中利典さんの講演会(午後)会場:八幡公民館

◆田中利典さんのプロフィール

1955年京都府生まれ。71年吉野金峯山寺にて得度。79年龍谷大学文学部仏教学科卒業。2001年金峯山修験本宗宗務総長と、金峯山寺執行長に就任。帝塚山大学特定教授、紀伊山地三霊場会議代表幹事、日本山岳修験学会評議員なども務める。著書に「体を使って心をおさめる修験道入門(集英社新書)」など。

kamuriki修験頂上





2014年

さらしなルネサンスのキックオフ集会を開催

古来「月の都」と呼ばれ、多くの日本人のあこがれの地だった「さらしな」。姨捨山(冠着山)のすそ野に広がる全域を「さらしなの里」と呼び、誇りを共有して経済活動にもつなげる「さらしなルネサンスの」のキックオフ集会を2014年11月8日、開催しました。

 日本人の精神性を表現する最適地だった

東京大学名誉教授で日本倫理学会会長の竹内整一先生が基調講演をしてくださいました。演題は「さらしな姨捨の月が誘(いざな)うもの 『わが心慰めかねつ…』の和歌で読み解く」。さらしなを日本人のあこがれの地にしたのは、古今和歌集の「わが心慰めかねつさらしなや姨捨山に照る月を見て」という和歌です。竹内先生は1000年以上前になぜこの和歌が詠まれたのかお話しくださいました。

竹内先生ロング

竹内先生は、「わが心」の歌がさらしなで詠まれた答えを解明する手掛かりを示してくださいました。日本人の精神性や美意識の根底を流れるものがあること、その表現の場としてさらしなが最適地だった可能性があること…。会場にこられなかった方もたくさんいらっしゃったので、講演内容を文章におこしました。ここをクリックしてください。

 さらしなという舞台をもっと魅力的に

集会では、すでに「さらしなの里」で、それぞれの分野で地域活動をなさっているみなさんとご一緒に、さらしなをより魅力的にしていくのがさらしなルネサンスの狙いであることをお伝えしました。埋もれているさらしなという宝石をみんなで磨き合って、もっと光り輝くものにしていくのが目的です。

なお、キックオフ集会後、竹内先生にさらしなルネサンスの顧問をお願いしたところ、ご快諾いただきました。

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