三峯山の大崩壊は地震がきっかけ? 「棚田の起源を歩く2026」

姨捨の棚田の水源「大池」(右)
40万年前の三峯山崩壊でできたゴルフ場のテラス面。中央奥に冠着山
三峯山の崩壊でできた崖(左側)。右がゴルフ場
三峯山頂から見える冠着山(姨捨山、右奥)

 「姨捨の棚田の起源を知るウオーキング2026」を4月25日、行いました。日本遺産「月の都」の主要遺産である棚田の景観は、千曲市の南、麻績村との境界にそびえる三峯山(みつみねさん)の40万年前の山体大崩壊が始まりです。三峯山の標高は1131㍍ですが、当時は2000㍍を超えていたと考えられ、土砂や岩が千曲川方面に大規模に滑り下った様子を、尾根筋を歩くと体感できます。尾根の北側は1キロに及ぶ急峻な崖で、下に千曲高原カントリークラブの芝生のコースが広がり、その下に棚田の水源である大池があります。いずれもテラスのような平面なので、水がたまり、それが土砂や岩を千曲川方面に滑らせたことが実感できます。

 この日は快晴で、絶好のウオーキング日和。様子は、ケーブルネット千曲で放送される予定です。

 なお、このウオーキングの開催を紹介してくれた信濃毎日新聞の記事には「新たに分かった学術的知見も披露する」と書いてありましたが、それは地震との関係についてでした。約50人の参加者を案内してくれた信州大学名誉教授の塚原弘昭さん(地震学)によると、三峯山の西側には、1847年に大きな被害を出したことで知られる善光寺地震を起こした断層とつながる断層 (長野盆地西縁断層帯)  があります。三峯山の大崩壊が約40万前というのは、現在大きなカルデラとなっている富山県の立山の40万年前の噴火で飛んできた火山灰が棚田の地下から検出されているのが根拠なのですが、善光寺地震を引き起こす断層の活動も約40万年前から始まっていることから、この断層が動いて三峯山の大崩壊が引き起こされたとも考えられるそうです。

 善光寺地震を引き起こす断層については、次のサイトをご覧ください。https://www.jishin.go.jp/regional_seismicity/rs_katsudanso/f040_nagano-bonchi/

 昨年の「姨捨の棚田の起源を知るウオーキング2025」の様子は次をクリック。https://sarashina-r.com/?p=9258

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