
さらしなルネサンス会員の馬場條です。「月の都さらしな姨捨」に関する貴重な文献(文末で紹介)を千曲市更埴図書館に寄贈するに当たり、過去の資料を見ていたところ、「すごい情報だ」と思ってとっさにメモして、地域のみなさんにお知らせするのを忘れてしまっていたことがありました。もう今から12年前になりますが、人気テレビ番組「なんでも鑑定団」(8月6日)で「田毎の月」のデザインが銀で象嵌された煙草箱が出品され、350万円という驚きの鑑定額が出たことです。
私のメモには、次の和歌が記してありました。
秋ふけて月も光を更科や いく千町田に影をわくらん
ネットで検索したところ、当時の番組のページが残っていました(上の画像、クリックで拡大)。ご覧いただくと分かるように、3つの田んぼに映った満月(田毎の月)と同じように、この歌が左上にやはり銀象嵌されています。銀で描かれたそれは、触っただけで汚れてしまうほどで、大変扱いの難しい細工だと解説者が言っておりました。
私は、この放送を上田市の西バイパスを車で走行中、信号機で止まった瞬間何の気なしに、普段押すこともない(ほとんどラジオしか聞かない)テレビ、それも4チャンネル(テレビ信州)を押したところ、画面が映りました。今から12年も前のことで、記憶は定かではありませんが、多分車を安全な場所に停車させ、上記内容を「メモ」ったものと思われます。いくら私が「さらしな・姨捨」崇拝者と言えども、この事実は奇跡とも言える出来事です。普段押すこともないテレビ、それも4チャンネルを押し、その小さな画面で上記の画面、そして、わずかな時間でこの煙草箱に関する事を知り得たのは、後日何らかの形で調べたからだと思われます。
後日分かったのは、この煙草箱を作ったのは、明治を代表する調金家海野勝珉(うんのしょうみん)という人。鏨(たがね)を斜めに打ち込んで線の太さや深さに抑揚をつけて彫る「片切彫り」という技法で描かれた水路まである優れた芸術品だそうです。それにもうひとつすごいのは、和歌の作者は加藤千蔭(かとうちかげ)という江戸時代中期から後期にかけて、NHK大河ドラマ「べらぼう」で話題の蔦谷重三郎とほぼ同じ時代に活躍した国学者・歌人だということです。
海野勝珉が象嵌したこの和歌がどうのような経緯で詠まれたのかは分かりませんが、「いく千町田(ちまちだ)」はとてもたくさんの田んぼという意味なので、さらしな姨捨の棚田それぞれに月の光りが湧くようにたくさん映っている情景を想像して詠んだものではないでしょうか。海野勝珉は作者の書をそのまま縮小して象嵌しているとのことで、書の文字を象嵌するのは非常に難しいそうです。
現在この煙草箱が誰の手にあるかは分かりません。放送局に問い合わせましたら、売りに出され、800万円ぐらいで売れたという情報もあります。いつか実物を見たいものです。
なお、私が千曲市更埴図書館に寄贈した文献は、明治28(1895)年に出版された佐藤寛著「姨捨山考」です。この本は古来の歌集や物語集、地誌などを渉猟し、都人らに「姨捨山」と呼ばれていたのは「冠着山」であることを立証するもので、「月の都」千曲市にとって大変重要な書物です。
(令和7年12月4日記 馬場條)
【編集部注】馬場條さんは本会副会長で、千曲商工会議所副会頭です。

