千曲市川西地区振興連絡協議会からの依頼で2月7日に行った「わが心慰めかねつさらしなや姨捨山にてる月を見て」の魅力の謎を解くお話の内容を以下のようにまとめました。(大谷善邦)
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「月の都」はじりの歌である古今和歌集の「わが心慰めかねつさらしなや姨捨山にてる月を見て(わが心歌)」に濃縮された、嘆くことを楽しむ日本人の美意識は、さらしなの里に千年を超えて宿っています。それは昔のことではなく、テレビアニメ「Turkey!」が物語や映像の舞台を千曲市にし、そして好評であるのも、同じ「嘆きの美楽」の原理が働いています(「Turkey!」については本サイトの次をクリックhttps://sarashina-r.com/?p=10159)。
嘆きというのは悲しんだりぼやいたりするのと違って、苦しい心のうちを外に出して相手に届けようとする表現です。その表現が美の表現になったとき、癒され再生していきます。美の表現に触れた人も癒され再生します。こうした双方向の表現と受け止めのツールであり続けているのが和歌(短歌)。和歌は嘆きの受け皿で、このことが外国人が新聞の歌壇を見て「日本人はみんな詩人なのか」と驚く日本の特殊性につながっています。日本人は嘆くことを楽しんできたのです。だから「嘆きの美楽」です。私たちには嘆くことを美と感じる美意識が受け継がれてきており、そのがさきがけの歌とも言えるのが「わが心歌」なのです。
そもそも歌が生まれるのは嘆きである場合が多くあります。悲しみや苦しみ悩みを吐露しないではいられないときです。古典に多いのは分かりやすいので省き、現代の歌で嘆きが美の表現になっていて、人の心を打つものを手元の控えの中から紹介します。
弟の眠る棺の窓開けて確かめ居りぬ吾が残生を 沓掛喜久男
沓掛さんは千曲市の東隣坂城町の駅前の「山根屋書店」店主(2022年逝去)。朝日新聞歌壇の入選常連で、やはり歌人だった弟さんの葬儀での場面を詠んだものです。朝日歌壇に兄弟同時入選が夢という歌を詠んだことのある弟さんの死の嘆きが心に深く沁みてきます。沓掛さんの歌集「山に向く書架」を私もいただきました。
二一〇四年 傘寿になるきみにやさしい国でありますように 桐島あお
傘寿は80歳のこと。2104年に80歳ということは引き算すると2024年なので、2歳の子にむかって「この子が80歳のおばあちゃん(おじいちゃん)になっても優しい日本であるように」と願った歌です。嘆きの言葉はありませんが、優しい日本ではなことを嘆いた歌です。
もう一つ―
最後なる大岡村は二〇〇五年長野市となり更級郡消ゆ
市町村合併で更級郡が消滅する「歴史的事件」(歴史家福島正樹さん)を嘆いた私の歌です。歴史の事実経過を詠んだら歌になったのに驚き、楽しくなりました。
大ヒット歌謡にも嘆きは欠かせません。前期昭和歌謡を代表する古賀政男さん作詞作曲の「影を慕いて」、阿久悠さん作詞の「時代おくれ」(歌・河島英五)や青春時代」(曲と歌・森田公一とトップギャラン)、中島みゆきの「時代」、さらにサラリーマン哀歌とも称された「およげ!たいやきくん」(歌・子門真人)…。「青春時代」と「およげ!たいやきくん」は元気に明るく嘆いているのが特徴です。
人はかなしみを通じて宇宙とつながります。現実とは違う別の世界とつながったときのすがすがしさと感動。さらしなという地名を唱えたときのすがすがしさと躍動と重なります。身近な嘆きのツールとして歌はさらしなととても相性がいいのです。だから、さらしな姨捨は格好の嘆きと癒し、再生の場に選ばれました。癒され再生すると血の巡りが良くなるので、さらしなの里に来て歌や俳句を作ったり、実際に来なくても想像したりした人は若返っていたはずです。さらしな姨捨は若返りの里でもあります。千曲市の日本遺産「月の都」の大もとにはこうした源泉があります。

