
















5月30日(土)、「伝説と信仰の山冠着山(姨捨山)に登ろう!」のイベントが開催され(さらしなルネサンス・千曲市日本遺産推進協議会共催)、佐久地域や辰野町など遠方からも40名を超える大勢の参加者が集い、快晴に恵まれた新緑の冠着山を登りました。私は冠着山を信仰する1人として、修験者の仲間と共に案内役として皆さんをご案内致しました。
登山は、スタート地点の坊城平キャンプ場にて最初にスケジュール等の説明を聞いた後、修験者一同の法螺貝の音色にて(法螺貝を吹くことを、法螺を立てると言います)登山の安全と心身のお清めをし、気持ちを高揚させながら鳥居をくぐり開始しました。
ほどなく歩いた所で、「冠着十三仏」にて冠着山に十三仏が祀られてきた経緯や意味を聞き、いよいよ伝説と信仰への興味を深めて行きます。次に「ふたり岩」で冠着山に見られる岩の種類や地質的な話を案内人から聞き、冠着山を代表する「児抱岩(ぼこだきいわ)※母親が子供を抱いているように見えることから」を少しだけまだ遠くに眺めました。
続いて大きな「浄土岩」へ進み、善光寺平の眺めに心癒されつつ、児抱岩について案内人より説明がありました。 かつてはもっと大きな巨岩であって、大地震により子供の岩が崩れて落ちてきてしまった、という悲しいエピソードを聞きました。 昔、案内人のお父さんが、児抱岩が崩れて土煙をあげながら落ちて行くのを麓から見ていたそうです。 今も浄土岩の周りには子供の岩がお母さんを見上げるようにたたずんでいます。
ここから一行は、通常コースと児抱岩を経由するコースの二手に分かれ、私は児抱岩コースの案内を致しました。改めて法螺を立て出発して、古い地図にある「風越」という名の付いた場所で休憩し、植生についての話を案内人から聞きつつ歩みを進めます。 途中、「慚愧懺悔、六根清浄」と掛け念仏を皆さんと唱えながら苦しい斜面も登り、児抱岩までやってきました。 皆さんその大きさに圧倒されつつも、念願だった児抱岩を目の前に見て触れて、喜んでいらっしゃったご様子でした。
そこから、児抱岩の裏側を通って鎖場とロープを頼りながら険しい道を懸命に登り、疲れを感じつつも一歩一歩充実し歩を進めて行きます。いよいよ、お天井(山頂)に到着する前まで来ました。 皆さんと共に再び掛け念仏を唱え法螺の音を捧げながら山頂の鳥居をくぐりました。 山頂には先に到着した別コースの皆さんが待っていてくださったので、疲れを忘れ自然と笑顔が浮かびました。
山頂では修験者による読経、お昼ご飯、講師陣による冠着山の姨捨伝説や、子を思う母のお話「枝折りの話」や、様々な話、盛り沢山のイベントがありました。「冠着山の自然と文化遺産を保存する会」事務局長の上水清さんは山頂に鎮座するブロック造りの冠着神社の由来、そして7月に山頂を舞う冠着ヒメボタルについて話しました。さらしなルネサンス会長の大谷善邦さんからは、冠着山の山頂の自然や地形の様子は、世界文化遺産になっている能楽の「姨捨」で描かれる物語の舞台そのもので、修験者が姨捨山としての冠着山の情報を都に伝え、物語が出来上がった可能性があるというお話がありました。また山頂からの眺めは格別で、当日は東西南北遠くまで見通せて、富士山までも見え参加者の皆さんからも驚きとお喜びの声が多く聞こえました。
山頂での楽しい時間を過ごし下山に向かいました。下りは全員通常コースを通り、途中、児子抱岩よりも巨大と言える「屏風岩」を見学しました。案内人の一人で信州大学名誉教授(地震学)の塚原弘昭さんが児抱岩も屏風岩も600万年に地底から上ってきたマグマが冷えて固まったものであることをお話なさいました。
疲労で踏ん張りの効きづらくなった脚に力を込め、お互いを気遣いながらスタート地点の坊城平キャンプ場の鳥居をくぐり、最後に山への感謝の気持ちを込めて修験者一同法螺を立て、全員無事に帰ってこれました。 皆さんお疲れになったと思いますが、安堵と充実した笑顔をされていました。
今回のイベントを通して、冠着山(姨捨山)が、離れた地域の方々からもよく知られ、お近くでも山の反対側で交流できる機会がなかなか無かった方も、「知りたい。登ってみたい。感じてみたい。」というお声がたくさんあったということに、改めて冠着山の持つ力の大きさを感じました。 そしてまた、準備する段階から当日ご一緒した皆さん含め、私自身多くの方々に支えられているということを実感しました。
姨捨伝説は親孝行の話、冠着山や更級は再生の地祈りのお山、ということを皆さんと一緒に学び、経験し、感じられたことに深く感謝を申し上げます。 皆さんの日々のご安全とお幸せを謹んでご祈念申し上げ、また再会できますことを心より楽しみにしております。 (工藤慶心)
【編集部より】工藤慶心さんは、冠着山(姨捨山)のふもと仙石区の生まれで、小さいころから冠着山に親しんできました。さらしなルネサンス会員です。現在は長野市にお住まいで、山の草刈りなど冠着山の保全のため熱心に郷里に通っています。掲載写真は、やはり冠着山のふもと若宮区生まれの宮崎大吾さん、千曲市観光係職員の撮影。工藤さんたちが法螺貝を吹きながら登頂する動画は、さらしなルネサンス副会長の馬場條さんが撮影しました。この企画が信濃毎日新聞で紹介されると、2日で定員40人に達しました。そのあとも40人以上の方から参加希望の問い合わせがありました。冠着山の人気のすごさに驚きました。第2弾の登山も考えています。なお、山頂で見えた富士山は山だけの写真に写っていまます。中央奥のこんもりした山が蓼科山で、その左にある小さな盛り上がりが富士山だそうです。冠着山頂から富士山が見えるということは聞いていましたが、初めて見ました。先に登頂していた方が双眼鏡で教えてくれました。冠着山の地学的な成り立ちから歴史文化や芸能、信仰までその魅力を体で感じながら総合的に『楽習』できたのではないかと思います。下の写真は、体調不良で参加をキャンセルなさった陶芸家の方が作った冠着山の箸置きです。山頂の左に児抱岩がかたどられており、かわいいです。冠着の山腹の石を砕いて白い釉薬にしたそうです。代わりに参加したお弟子さんからいただきました。


