






5月30日に開催した「伝説と信仰の山 冠着山(姨捨山)に登ろう!」(千曲市日本遺産推進協議会との共催)では、屏風岩(びょうぶいわ)の紹介にも力を入れました。児抱岩(ぼこだきいわ)は向かって左側(東側)の山頂近くに飛び出しているのでよく見えますが、屏風岩は岩肌にツタや樹木が生え、見えづらくなっています。しかし、冠着山の眉間に位置して山体を形作っている大事な岩で、大きさは児抱岩に勝るとも劣らず。その名の通り、屏風のように巨岩が横に広がり並んでいます。岩を見上げながら進む山道が倒木や草木でやぶになっていたので、今回のイベントを前に、地元の財産区の人たちと協力して通れるように整備しました。
この岩の成り立ちについて、案内人の一人で信州大学名誉教授(地震学)の塚原弘昭さんの解説です。とても分かりやすいです。
700万年前ごろ、現在の、冠着山の地下10~30キロメートルの付近にマグマができ、地表へ上がる出口を求めていた。マグマは開きやすい割れ目を探して上昇してきた。日本は、太平洋側から押されている(東から西)ので、南北の割れ目は閉じており、東西の割れ目が開きやすい。その開きやすい割れ目の隙間に地下のまぐまが板状に入り込み上昇した。マグマの活動が弱くなると、割れ目の中に残された溶岩は、冷えて、板状の固い岩石になる。長い年月がすぎ、まわりの地層が削り取られ、固い板状の溶岩が地表に現れた。これが冠着山の屏風岩である。なお、この割れ目を通して噴出が続くと、割れ目の一部は丸い穴状になり、噴火口になる。
屏風岩は確かに東西に伸びて立っています。日本列島の地殻変動の力が東から押し寄せている証拠で、児抱岩もよく見ると、大きな一つの岩ではなく、東西に伸びる山の尾根筋に現れた岩の連なりの一つです。掘り下げれば同じように屏風のような岩にも見えると思います。富士山の噴火口が有名なので、溶岩の出口は円いものだという先入観がありましたが、それは大量に溶岩が噴出した結果の姿なのでした。 今回の登山では、700万年に及ぶさらしなの里の地殻変動やその結果としての現在の地形、景観、自然を体感することができました。(大谷善邦)

