鏡台山の満月をバーチャル体験 令和11年は長楽寺で見られます 

天文アプリが示したさらしなの里展望館からの鏡台山満月
午後8時半すぎ、雲間から現れた満月
上水さんが配布した郷嶺山の資料
上水清さん

 さらしなルネサンスは千曲市日本遺産推進協議会と共催で「鏡台山から上る満月」を見るイベントを9月27日、さらしなの里展望館2階(千曲市羽尾5区)で行いました。2026年は中秋から2日後のこの日が満月で、 天文アプリ「ステラナビゲーター12」によると、日本遺産「月の都」千曲市で最も有名な「鏡台山の峯の満月」は同展望館で見られることが分かったことからの開催でした。同じ中秋のころでも、毎年月が現れる山の嶺は違うため、なかなか鏡台山の凹んだ峯から上る満月を見ることができないのです。

 残念ながら、鏡台山の峯の向こうには雲が広がり、月の出は見ることができませんでした。しかし、情報工学の発展の成果であるステラナビゲーターでは、展望館から見える鏡台山方面の景観を映し出すことが可能で、峰から姿を現し夜空を渡っていく月の動きも見ることができます。パソコンからプロジェクターでその様子をスクリーンに投影、この日の月の出の予想時刻午後6時9分の10分前から月を動かし、鏡台山から上る月の出のシミュレーションを見てもらい、バーチャルに鏡台満月を楽しんでもらいました。鏡台山の峯の凹みから白い月が顔を出したとき、会場から「おー」という歓声が上がりました。

 ステラナビゲーターでは、観月場所の座標(東経北緯)と標高を入力すれば、過去未来いずれの月の出も映し出すことができます。松尾芭蕉がさらしな姨捨に来訪(新暦1688年9月9日)して見た中秋月(東のどの山辺りから現れたのか)も再現しました。

 この観月会をさらしなの里展望会で開催したのには、こだわりがありました。同展望館のある郷嶺山(ごうれいやま)には、明治時代に「月の都」をコンセプトに地域起こしに取り組んだ初代更級村村長塚田雅丈さんが中心になって整備した月や姨捨山関連の句歌碑や建物などがいくつも残っており、「観月の聖地」と言ってもいい里山だからです。ただ、これらは日本遺産「月の都千曲」を構成する文化財に入っておらず、千曲市と文化庁には追加で構成文化財にしてほしいと考えています。郷嶺山の近くにお住いの「冠着山の自然と文化遺産を保存する会」事務局長の上水清さんには、郷嶺山の歴史と現代人にとっての見所について、語ってもらいました。同席した千曲市の日本遺産推進係の担当者からは「歴史文化財センターにも伝えて検討している」とのうれしい発言がありました。

 イベント第2部として、展望館1階の食事処の手打ちそば付きの懇親会も行いました。雲間から月が顔を見せるかもしれないと気にしながら懇談しました。7時半ごろ、会場併設のベランダに出てみると、暗闇の上空にやや白い部分があります。ステラナビゲーターで見てもらった月の軌道上です。目を凝らしていると、光りが上下にうっすらと広がりました。市外から初めて展望館を訪れた参加者と「あそこに満月が隠れている」と想像して楽しみました。「そばもおいしく、おなかいっぱい」と喜んでくれました。

 懇親会を終えて自宅に戻った午後8時半すぎ、玄関先で闇が少し薄らいだので天を見上げると、満月が雲間から姿を見せました。月の後ろには藍色の宇宙、周りには月の光りが差し込んで白、茶、黄などいろいろな色を見せる薄雲。刻々様子が変わり、なかなか幻想的でおつなお月見ができました。

 なお、ステラナビゲーターで2027年以降の中秋も見てみました。3年後の2029年の中秋9月22日は、俳人松尾芭蕉が「更科紀行」の旅で訪ねた長楽寺で「鏡台山の峯から上る満月」が見られることが分かりました。「長楽寺での鏡台中秋満月」は一生に一度見られるかどうかの非常にレアな体験だと思います。楽しみです。(大谷善邦)

上水さんか会場で配布した郷嶺山の資料は次をクリック。https://sarashina-r.com/wp2/wp-content/uploads/2026/09/郷嶺山の資料と句碑.pdf

冠着山の自然と文化遺産を保存する会のホームページは次をクリック。https://kamurikiyama.org/

 

上部へスクロール